「いのち」によせて     2017.10.13
この作品が私を能舞台に引き寄せたのだ。
この作品を能舞台で演じたい、おそらく能舞台でやろうと思ったのはただそのためだけなのです。

一歩一歩と残る力を尽くして最後の時に向かう。
三間の橋掛かりを進むその一歩は確実に最後の時に近づく歩み。

何十年なのか彼の送ってきた人生のすべてを背負って。
最後の最後、あと一歩を全力で踏み出して人生の幕を下ろす地にたどり着く。

祖父の最後の数日、私はベッドの脇で祖父を見ていた。
もうほとんど意識がないであろう、手をじっと見つめ長い人生の労をいたわるようにそれぞれの手で静かに撫でさする。

やがて顎から顔を確かめるように触り・・・
その静かな行いが自分の人生を愛おしむ様に見えた。

私の作品はその祖父の最後の姿なのです。
私のマイム人生そのものといっていい「幻の蝶」の諸作品です。



「40年の歳月に」       2017.5.30
「幻の蝶」は私が30になる頃に作りためた作品の中から8本を選んで構成したいわば短編集です。
38年前、水道橋の労音会館で初演以来、138回の上演を重ねてきました。
初演時には10作品だったのですがさすがに長いので8本にし、以来全体の構成も含めてすべて同じ演目を同じ順番で演じてきました。
もう初演のころからこの流れ、この構成以外は考えられなかったのです。

8本はそれぞれ独立した作品で、作品同士には何のつながりもありません。
ただその中に通底するものはあると思います。それは意識して作ったわけではないのですが、「秋の日の想い出」を除くすべての作品が「生と死」をどこかに感じさせることだと思います。
何故30の私が「死」を作品の中に据えていたのか・・・それはおそらく子どものころ体が弱くていつも「死」を恐れていたからだと思います。

さて昨日名古屋公演を終えて地元に帰り、音楽の辻幹雄さんと食事をしながら話す中でこのようなことが話題になりました。
8本の最後に演じる「幻の蝶」について辻さんから「初演時と全く同じなのですか?」と。
先ほど書いたように作品の構成は全く同じだといっていいでしょう。
動きや視覚的な位置取りなどで小さな手直しはしてきましたが、基本的には殆ど初演のままなのです。

ただ違うことがひとつだけあります。それは私の年齢です。
でもそれが実は大きな違いだということに辻さんと話しながら気づいたのです。
当然と言えば当然のことを今まで意識していなかったのです。

この作品を知らない方には解らないと思うので、簡単にあらすじをご紹介します。

・・・・・一人の若者が蝶を追っている。するとそこに見たこともない美しい蝶が現れ男を誘うようにいずこ返さってしまう。
その蝶に魅了された男はどこまでも蝶を追い求め、やがて年を重ね老いたときに、ようやく捕まえたと思った蝶は幻のように消えてしまう、そして・・・・

初演の頃の私はパントマイムを生涯の仕事にしようと覚悟を決めた時で、初めてその蝶に出会いそして追い求め始めた若者でした。
そして今は追い求め続けるうちに歳を重ね、この話の最後のように年老いた男になったのだということです。
これは今更ながらに大変なことなのだと思います。まさに作品が自分自身の人生、自分は自分が作った作品の世界を生きてきたのだということです。

作品の結末はまだ観ていない方のためにここではお話しません。
そうありたいと思う一生をここまで送ってこられたことはなんという幸せなことでしょう。




以下は2014年以前に掲載したものです。


「作品は生き物」  
 2014.9.15
パントマイムの楽しみは演じる側も観る側も自由に想像を膨らませるところにあると思います。私が他の方のパントマイムを観るときの楽しみもそこにあります。なので一方的に受け止めるだけで、何ら想像を膨らませて貰えず考えさせられもしないような作品は余り好きではありません。

自分の作品が果たして観客の想像力を膨らませるようなものであるか、願わくばそうであって欲しいと思います。

さて作品を考える時、稽古の過程、本番の舞台でその時々に見えてくるものが違って、そのことがとても楽しい。それは毎回の稽古、一回一回の舞台で異なるのです。

毎回同じように演じられなくてはいけないのだと言う方もいるでしょうが、私の場合は毎回同じじゃあだめだよなあ、と考えるのです。
この作品を初めて演じたときと、40年近く演じてきた今では同じ作品ではあっても考え方や思いが微妙に変化しています。
中にはまるっきり印象が変わることさえあります。
それに演じるその時々の自分の状況や体調、客席の様子、社会の状況などなど、何一つ同じ状態と言うことはあり得ないし、その違いはとても敏感に演じるときの気持ちに影響してくるのです。

作品は生き物です、自分が日々生きていくように作品も生きています。
今回の舞台がどのようになるか、今日の私には何も判りません。
当日、舞台に立って作品の中に入ったとき初めて見えてくるのですから。


「力を抜く」  2011.11.1
無駄な力を抜くことがいかに大事か、弟子や生徒達には常に言い聞かせているのだが、実は自分の事となるとなかなか思うように力が抜けない。永年私の舞台の照明をやって下さった辻本晴彦さんが亡くなられる数年前(今から10年くらい前でしょうか)に、「清水さん、最近とても楽に舞台に立っているね」と言って下さった。確かにだいぶ楽に演じられるようになっていたのだが、でもまだその時は自分ではもうひとつ納得出来ない部分があることを感じていた。だが辻本さんの言葉で自分に対していくらかの自信が持てるようにもなり、以降年々少しずつ楽に舞台に立てるようになってきたと感じながら現在まで来た。

マイムを初めた当初から気持ちが入りすぎて力んで演じてしまうのが私の最大の課題だった。力を抜くと気持ちまで緩んでしまうような気がしてつい力が入る。演じる側が力んでしまうと観る方も力が入ってしまうもの。お客様の「見終わった後ぐったり疲れた」という感想が幾つもあったのは当然だった。私自身も若い頃は体力があったのに、ひとつの公演を終えると数日は身体が言うことを聞かない状態だった。
いまは歳をとっているのに公演翌日でもいつものように仕事が出来るのだから面白い。体力があった分だけ力任せに演じていたのだろう。

さて今回の「幻の蝶」の舞台はゲネプロの時から妙に身体が楽で、本番もこう行くと良いのだけれど力が入ってしまうだろうなあ、と思いながら開演を迎えた。さてその本番が信じられないほど楽に演じられたのだ。テンポも快調、いつもは力むところもすーっと流れるように進む。
これまでにない手応えを感じて舞台が終わった。本番通りにゲネプロをやり、30分の休憩で二時間の舞台でどうなるかと思ったが、終わった時にもう一回出来そうな程楽だったのだ。40数年舞台に立ってきて漸く、「力を抜く」ことの手がかりを得たように思える。
何度も見て下さっている方からも「今回はとても楽に演じているように感じた。観ている自分もリラックスして舞台を楽しめた」と言って頂いた。
次回の舞台でも同じように演じられたら本物なのだろう。先が楽しみになってきた。


「作品は鏡」   2011.7.6.
私の演じる作品はほぼ90%が自作自演。幾つか他の人の作によるものがあるが、その場合でも演出、出演は私が行うという形をとってきた。
自作自演の良し悪しは勿論あるだろう。当然独りよがりになりがち、と言うよりも殆ど独りよがりなのだが、其れが出来ることが私には何より
魅力なのだ。「幻の蝶」にしろ「KAMEN」にしろ、どちらも30年近く演じ続けてきた。私の人生の約半分の時間をこの作品達と生きてきた訳だ。
いや、もっとかも知れない。これらの作品が生まれるためには私のそれ以前の生活が必要だったのだから。
とすればこれらの作品は私の人生の全てと言っても過言ではないだろう。

演出という形で他者の目で見て貰えばそれだけ広がりも生まれたかも知れない。もっと早い時期に今のような所まで持ってこられたかも知れない。
それよりも全く違った作品になったかも知れない。何が良かったかは何とも言えないが、少なくとも作品は自分自身であるとは言えないだろう。
自分で考え、自分で演出し演じるのだから、当然作品が熟成して行くには時間が掛かる。自分が作った作品でありながら、30年過ぎた今も
毎回新しい発見をし、新鮮な気持ちで相対することができる。作品は一生掛けて仕上げていくものだと思う。
そしておそらく、いや決して仕上がることはないだろう。作品は自分自身が投影された鏡、ならば幾つになってもその時々の姿を写すのだから。

「身体って面白い」    
2011/06/18
 大震災後、舞台の仕事が全くなくなり
,しかも学校が休みだったので、毎日身体を動かすことで気を紛らわせていた。
でも、この無目的な時間はとても大きな意味があった。稽古場での数時間、自分の身体を使っての遊びの中から多くの発見があったのだ。

 マイムを初めて40有余年、様々な身体トレーニングを聞きかじり、自分の訓練法に取り入れてきたが、その効果を自分の身体で確かめる
術をしらなかった。確かに身体は解れているのだが、動かした前後でどれほど身体が変わるのかを確かめることが出来ないままにいた。
5〜6年前から,ある動きをするとある部分の長さが変わったり、可動範囲が拡がることは確認していたし、生徒達にもその事は伝えてきたのだが、
この数ヶ月での発見は,自分でもびっくりすることの連続だった。
頭の先から手足の指先まで、身体の一つ一つの部分は互いに繋がっていてひとつの有機体であることを再認識したのだ。
40年以上も身体を動かす仕事をしてきて何を今更と言われそうだが、今更ながらにその不思議に感動の日々だった。
「へーこうなっているんだ」「えー、こんな風に変化が現れるんだ」など,ひとりで稽古をしながら目を丸くしたり,思わず笑い出したり。
身体の変化が実際に確かめられる事で、この動きはこういう効果をもたらす、こことここはこの様に繋がっているなどとと実感できて、
身体を動かすことがとても面白くなってくるのだ。じゃあ、こうするとどうなるかなと興味も広がり、半ば遊びながら身体を識っていくことになる。

まだまだ発見の途上なので詳しい説明は出来ないけれど、確実に身体が緩み動かすことが楽になる、そんないくつかの法則を見つけ出した。
自分だけなのかと思ったが,家族や生徒達に試したところ何人も同じ効果が出るので間違いはない。
時間が掛からずとても簡単、場所も取らず立ってやっても、座ってやっても、寝転んでやっても同じような効果が出る。
足腰が悪い人や、身体を動かすことが嫌いな人でも,どんな場所でも気楽に出来て効果があるので是非広めたいと思っている。

マイムばかりではなく、演劇、音楽、ダンスなど身体を使った表現に携わる方にも、日常の軽い身体ほぐしに最適です。

「骨を自由にする」          2010/03/03
 今私が行っているマイムの身体訓練はドゥクルーの肉体訓練のメソッドを中心に、野口体操、アレキサンダーテクニック、
フェルデンクライスのメソッド、ヨガ、バレエレッスンなどの訓練法から、これはと思うものを自分流に取り込んだ形で行っている。
体は人それぞれのものである以上、訓練法も人それぞれにあって良いはずである。
また日々変化していく体にとって、これこそが絶対などと云うことはあり得ないのだ。自分の体と対話をしながら、毎日体を探るようにして
動かしているのだが、このようにして動かすと日々の変化を感じることが出来てとても楽しい。

若い時は体力も筋力もありがむしゃらに動かすばかりであったのだが、年を重ねるに従い当然体力も衰え、かつてのような動かし方では
体に負担が掛かるばかり。少しでも長く現役でいるにはどうしたらよいだろうと考えることをし始めてから、稽古の方法が変わってきた。
筋力が衰えるのを少しでも遅らせるためには痛めないようにすること。若い時と違い一度痛めてしまうとなかなか直らないのだ。
また痛む気管はどうしても稽古の量が減ってしまう。衰えないように鍛えるにはゆっくりと負荷を掛けすぎないようにしていくしかない。

この数年、特に意識していることは「骨を自由にする」ことだ。柔軟な体とはどういう状態を指すのかを考える。
要するに筋肉に邪魔をされずに骨が自由に動くようにしてあげればよいのだ。そう思いながら体と対話をしていくと面白いほど体が柔軟に
なってきたのだ。私はかなり身体が硬い方で、開脚して座った状態で体を前に倒した時にこれまで一度も床に胸がつかなかったのが、
何と42年目にして初めて付くようになったのだ。一生付かないだろうと思っていたので自分でもびっくり。
勿論こればかりではなく、他のあらゆる面で柔軟性が増したことを実感できる。
筋肉は力を入れれば硬く縮む。力を抜いた状態の筋肉は柔らかく楽に伸びる。つまり骨を包む筋肉に力が入っていれば、骨は自由を
奪われ身動きできない状態になるのだ。
楽で自由な体にすることはこんなに単純なことなのだが、意識的にこういう状態にすることはなかなかに難しいのだ。
40年近く過ぎてようやく身体が判るようになった。もう少し早く判っていればと思うのだが、私にはこの長い時間が必要だったのだろう。
年を加える毎に身体を動かす楽しみがましているのはとても嬉しいことである。


「離見の見」ということ
 マイムの演技に関する専門書もないわけではない。ドゥクルーやルコックなどが著した優れた著書もあるのだが、私にはそれらの
本よりも、世阿弥の著作を読むことから多くの示唆を得てきた。世阿弥はご存じのように数多くの能の作品と共に「風姿花伝」「花鏡」
「至花道」等々、多くの理論書を残している。私は恥ずかしながらまだほんの一部に目を通したに過ぎないが、その僅かな部分からも
私には手に余るほどのメッセージを受け取ってきました。
 さて「離見の見」ということだが、この言葉に含まれているものは役者にとって実に大きなものだ。
様々な解釈があろうがここはマイム役者として感じたことを述べてみる。
 私が初めてマイムを学んだ日本マイム研究所のスタジオは勿論、いま身体を使う分野の稽古場として使われているそのほとんどに、
当然のこととして鏡が備え付けられている。私も始めてから何年かは鏡を使うことを当然として稽古をしてきた。
ところが経済的な事情もあって鏡がある稽古場を借りることが出来ず、仕方なく鏡もない場所で稽古をしなくてはならない羽目になった。
最初は自分の姿や動きを確かめることが出来ず、果たしてこれで思うような形、動きになっているだろうかと不安だった。
だが必要に迫られると思いがけない能力が働き出すもので、次第に鏡に頼らなくても、おぼろげながらも自分の身体の動きや形が見えてくる
ようになってきたのだ。
 その頃だろうか、世阿弥の著書を読み「離見の見」という言葉に出会ったのは。
大事なのはまさにこれなのです。これは単に姿形や身体の動きだけに限ることではなく、演技すべてに言えることなのです。
「我心」を捨て客観的な目で自分を見ることから独りよがりな演技を見直すことが出来る。これは頭では判っていてもとても難しいことです。
日頃の身体の訓練の時から鏡やビデオなどに頼らずに、自分の身体を意識し想像することが出来るような訓練を積む中で、徐々に獲得して
いくものなのです。少なくとも私はそうでした。

 思えば世阿弥の時代にはいまのようにビデオなんてなかったわけだし、またスタジオに備え付けられているような鏡もはなかった訳です。
そんな中で数百年の間伝えられてくるような型が作り上げられていたのです。そこには自分の身体に対する確かな感覚と意識があった
からでしょう。物に頼っていてはとてもこのような感覚は研ぎ澄まされなかったはずです。文明の進歩と共に人間の本来持っている能力は
退化して来たということですね。このことは様々な局面で見ることが出来ます。
いま私が教える時には鏡があっても基本的には使いません。鏡をカーテンで隠したり、鏡に背を向けて使ったり、生徒たちにも敢えて鏡を
みないで身体を動かすようにしてもらっています。勿論鏡を使うことが絶対にいけないというのではなく、鏡に頼る心を捨てなさい、という
ことです。その代わりに生徒には想像の鏡をプレゼントします。この鏡が実に偉大な働きを示してくれます。
「何時も自分の姿を見ているように想像の鏡を見てご覧」と言って動いてもらうと身体のゆがみや傾き、捻れなどが面白いように直っていき
ます。是非お試し下さい。元手いらずで持ち運び自由、いつでも必要な時に取り出せる至極便利な鏡を皆さんも是非使ってみて下さい。
 私の場合はこんな日常の訓練を繰り返すうちに、舞台に立って演じる時もだいぶ冷静に我が身を感じることが出来るようになってきました。


 「マイムの動きを習得するためにどこの筋肉を鍛えたら良いか?」  (2009.9.5)
 とある養成所で生徒からこんな質問を受けました。例えばあの独特の歩き方など、マイミストはさりげなくやっているようですが、
実はかなりの筋力が必要なんですね。勿論、その動きに熟練している人は筋力よりバランスだと言うことを知っているのですが。
とにかく習い始めは想像以上に筋力が必要だと思うのです。勿論マスターしたいと思うからこのような質問が出るのですが、残念ながら
私の答えはあらかじめどこそこを鍛えなさいとはいえないのです。
 ではどのように?マイムの動きを執拗に練習していく中で、自然に必要な筋肉が鍛えられるのです。何でもそうでしょう。
日本舞踊などはマイムのような身体訓練があるわけでなし、最初から一曲一曲と振りを覚えて踊り込んでいくのです。
あの腰を落とした安定した立ち姿、動きに必要な筋肉は踊り込む中で培われていくのだと思います。マイムも同じです。
独特の身体訓練法はありますが、それは自分の身体を知る上で大事でなのすが、実際に動きを支える筋力は、繰り返し練習することから
身に備わっていくのです。当然ですがバランスなども筋力と共に反復練習の中で養われていくのです。
いずれにしても習得する上で近道はないのです。とにかく時間を掛けること。ただし何も考えず工夫もしなくては、いくら繰り返し練習しても
どうにもならないのは言うまでもないことですが。


「マイムにおけるメルヘンについて」     (2009.8.13)
 私のマイムについてある方から「清水さんのマイムはメルヘンなのよね」と、ちょっと否定的な口調で言われたそうである。
当然又聞きなのでその方がどういう意味で言われたのかその真意は判らないが、どうやら「おとぎ話のようで現実に根ざしていない」といった
ような意味合いで言われたようだ。
確かに私の作品には現実の事柄をそのまま題材にしたようなものは少ない。
童話風に、民話風に、おとぎ話風に、あるいは詩のように、何らかの作り話にして舞台化してきた。
生々しい思いをそのままさらけ出してしまうのではなく、いかにマイムの作品として仕上げ舞台に上げるか、そこにマイム作者、役者として
創作する工夫と面白みがある。

どうやらメルヘンというものを、幻想的で現実感のない軟弱なものと思われている方がいるようだ。
ではそもそもメルヘンとは何か?ドイツ語で本来は<小さい物語>というほどの意味合いの言葉だったそうだ。
それが非現実的な作品を言い表す言葉がないのでこの言葉を使うようになり、そのまま何となく定着してしまったらしい。
 「すべてのポエジーはメルヘンでなければならない」と大山定一が昔の同人誌に記しています。
心を打つ詩がそうであるように、メルヘンは現実逃避の物語ではなく、実はその底には柔らかなオブラートに包まれた苦い現実や、
苦しいほどの心の現実が隠されているのです。
 「空間の詩パントマイム」私が考えるマイムは身体で表現する詩です。
先ほどの言葉を借りるならばそれはメルヘンでなければならないのです。
私にとってのマイムは、形こそおとぎ話のような現実味のないものであっても、常に、伝えたい心の思いをしっかり内在させた作品で有りたいと
思っています。

マイム随想

マイムについてうことを、々に綴っていきます。


久しぶりにこちらの思うことを書いていきます。  2017年5月
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