東北関東大地震及び津波による被害は、被災地となった東北、北関東沿岸地方は元より、様々な方面に
甚大且つ深刻な災害をもたらしました。
地震・津波により失われた多くの命。あの数十分の短い時間に親を、子を、友を一瞬にして失ってしまった
方々の哀しみは如何ばかりかと思うと、、私にはとても重く大き過ぎて自分の無力に心が痛みます。。
亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り致します。
また被災された皆様に一日でも早く、身も心も温かく安らかな時間を過ごす日が来ますように!

そして原発事故から三週間が過ぎようという今もまるで収束の目処が立たず、日に日に放射性物質に
よる汚染は拡大し、各地に深刻な状況をもたらしています。
想像を絶する展開に人間の力はいかにはかなく小さなものか。
「想定外の・・・」という言葉はいかに我々人類が自然に対して傲慢な気持ちで接してきたかの証明でしか
ありません。たかだか数万年しか地球に生息していない人類に、どうして46億年生きてきた地球のことが
解るのでしょうか。今こそ自然に対し畏敬の気持ちを持って見つめ直していく時ではないでしょうか。
謙虚な姿勢になって初めて解決への道が開けてくるのだと思います。
今こそ人類の可能性が試される時ではないでしょうか。

人間の傲慢さはとんでもない怪物を生み出してしまいました。
原発という怪物は我々をあざ笑うかのように暴れ回っています。
事故の収束のために命がけで戦っている現場の人たちを思うと、少しでも早く静かになって欲しいのですが、
今は悲観的な見通ししか出ていません。

仮にこの事態が収束しても、原発を廃炉にしてから全てを安全な状態に戻し、更に原発の施設を撤去して
更地にするまでには、少なくとも20年以上の時間を要するという大変な現実が私達に突きつけられました。
私が死ぬまでには更地にならないまま残される可能性が大きいと言うことです。

その間、収まったかに見えても油断をすると再び暴れ出す事も大いにあり得る。
つまりこれから先の数十年、私達は大きな危険と常に向き合って暮らして行かなくてはいけないのです。
放射能汚染は程度の多少はあってもこれからずーっと続くでしょう。
私達はこの国に住み続けるならば、この現実から逃げる訳には生きません。
少しでも安全に過ごせるようにするためには、背中を見せるのではなく、しっかりこの怪物と向き合っていく
ことだと思います。向き合うためにはまず相手のことを知らなくてはなりません。
遅ればせながら私もこれから学び、考えていきたいと思いこのページを立ち上げました。

子や孫達、そしてこれから生まれてくる子どもたちの未来のために、我々にはこの様な事態を許してしまった
責任がある。一人一人が出来ることをし、少しでも安心できる優しい世界を未来に伝えたいと思うのです。

皆さんのお考えや情報がありましたらお知らせ下さい。


■想うこと

■野田さん、貴方に責任は取れない。    6月2日(土)
ついに大飯原発の再稼働となりそうだ。周辺の首長達が曖昧な統一見解を出し、実質上容認してしまったのにはがっかりさせられた。
命の問題を、あのように「誰も責任は取らないぞ」という宣言でしかないような形で逃げることが許されるはずはない。
なによりもとことん安全を優先すべきでしょう。知事達には猛反省をして欲しい。

「私が最終的に判断する」「責任は私が取る」、どうしてそんなに安請け合いが出来るのか。
仮に福島級の事故が起きた場合、住民の避難対策もほぼつかないままだという。しかも原発の免震対策も以前のままで、関西電力は
「ただ、事故が起きないようにする」と全く実効性のない無責任な言葉で済ませている。
なにしろ原発」は今までそう言い続けて稼働させてきたのですから、誰がそんな言葉で納得するでしょう。。

もしもこの状況のままで福島のような事態になったら野田さん、貴方はどういう形で責任を取ろうというのでしょう。
まさか「一命に代えて」なんて言わないでしょうね。そう簡単に「命」という言葉を持ち出さないで欲しい。
そもそもいつまで首相でいるかも判らないのに責任の持ちようがないでしょう。。
そればかりか「最後は現地の意向できまる」言い出す始末。もう最初っから責任逃れの良い訳を作っているのですから誰も納得できない。

事故が起きたら福島のように向こう何十年、いや何百年もその過酷な影響を残してしまうのです。
そればかりか関西圏も高濃度の放射能に汚染されるのですから、もうこの国に安全に住めるところはなくなると言っても過言ではないでしょう。

結局は「再稼働は現地の意向を尊重した結果だ、自分は認めていたわけではない」なんて言い逃れ、誰にもかれも人に責任をなすりつけ
やり過ごしてしまう。戦前からこの国はずーと同じ手を使って国民を欺いてきた。
でも騙されてきた国民の責任も大きいのです。もし再稼働を許し、万が一の事態が起きたら賛成した人も反対した人もない、全国民でこの責を
担っていくしかないのです。

いまこそ我々は目を見開いてこの手の欺瞞に満ちた謀略に「ノー」と言わなければいけない。
節電対策や、原発に代わる電源の開発、社会生活の見直し、過剰な電力消費に頼らない新しい産業の立ち上げ、などなどまずやるべき事を
やってみなければいけない。何も努力をしないで頭から電気が足りなくなる、なんて言っていては、いつまでも同じ事の繰り返しでしかない。
これでは進歩も何もない。こういう時こそ人間は知恵を絞って、社会を変えて行かなくてはいけないのに。
関西の夏が原発無しでどうなるか、こんなに貴重な体験が出来るチャンスなのに、むざむざ逃す手はないと思うのですが。

今日の東京心新聞にこんな記事が。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2012060202000100.html



■東電さん、野田さん、それはないでしょう。  
5月25日(金)
東京電力は、販売電力量の六割が企業向けだったにもかかわらず、利益の九割は家庭向けに販売した電力で稼いでいたそうな。
言い換えると、電力の4割しか消費していない一般家庭の財布から、東電の利益の9割を搾り取っていた訳だ。
それでいて尚家庭に向けて10%の値上げを要求しようとは以ての外の話ではないか。
電気を選ぶことが出来ない、そして電気無しでは日々の生活がままならない状況にしておいて、有無を言わさずぶんだくる。
こんな理屈の通らない値上げを決して受け入れたはなるまい。

そして今日も野田は大飯原発再稼働に向けて画策をしているのだろう。何としても夏場を原発無しで乗り切られては困るからだ。
無理矢理にでも原発を動かそうとする裏には、野田に何か余程大きな利益があるのだろうか。そうでもなければ未だに事故の全貌が
解明されないまま、しかも収束にほど遠い福島原発を抱えながら再稼働が出来るのだろうか?
至極まっとうな頭を持った人間ならば到底考えられないことだろうに。

それはそうと、大飯町の皆さん、貴方たちの町議会では再稼働を認める決議をしたそうだが、ちょっと待ってみませんか。
今こそ新しいビジネスチャンスでしょう。安全、且つ速やかな廃炉に向けて先進的な取り組みプロジェクトを誘致したらどうですか?
福井県は世界に先駆けて廃炉技術の開発に向けて企業誘致をする。何しろ沢山原発があるのだから、開発のための材料には事欠かない。
その成果はきっと世界に注目されることだろう。廃炉と使用済み燃料の安全な処分技術の確立、この二本立ての技術が進めば世界中から
引き合いが出てくること間違いなし。これからの有望なビジネスになること請け合いだと思うのだが。


■今日を始まりの日に  5月5日(土)子供の日
こどもの日の今日、正確には明日未明、日本の総ての原発が停止する。再稼働を目論む政府、やたら危機感を煽る経済界の
なりふり構わぬ動きには、事に目をこらして見守って行かなくてはいけないが、とにかく42年ぶりに全原発が停まることになった。
ただここに至る経緯は決して喜べるものではない。国民大多数の不安を省みず、しゃにむに再稼働を目論む政財界や、必死に安全を
アピールする電力会社の姿勢は一向に変わらないままだから。強硬姿勢をはねつけてきた国民の原発行政や安全神話への不信が、
かろうじて再会を阻止していると言えよう。隙あらば、つまり国民の原発に対する拒否感が少しでも揺らいだら、その時は一気に再稼働
に向けて動き出すことになるだろう。

だがもうそう簡単に我々は騙されない。この一年、この暮らしを維持していくためにはやはり原発は必要だ、経済の振興のために電力の
供給は減らせないと、あの手この手の脅しや宣伝があったにも関わらず、多くの国民は疑問を解消できずにきたのだから。
積極的に反対といえない人は消極的だと言われても良い、とにかく自分が本当に安全だと信じられないのなら再稼働に賛成しないこと。
この賛成出来ないという人がどんどん増えることも、最終的に原発を無くす上での力になると思う。
自分で見極められず大勢に流されてきたのがこの国の歴史なら、「原発はやはりちょっとねえ」という大勢を作ることだ。
「何となく原発は危ないと思う」という層を増やしていく。その為には大声で反対と言える人たちも、時には小さな声で「危ないぞ、騙されるなよ」
と囁き続けるのも一つの方法かも知れない。大きな声だと拒絶反応を起こす人も、囁き声だと不安になって耳を傾けるかも。

同時に辛抱強く原発や放射能についての正しい知識を学び、そして伝えていくことも大事ではないか。
なにしろ今生きている人たちは一生放射能に汚染された中で生きて行くことになるのだから。
そして原発は停止したといっても、それで安全が保証されたことではないことも心に刻みつけておかなくてはいけない。
なにしろ停止中の福島が爆発したのだ。原発が未だある以上、その「安全」は細心の注意を払い続けて初めて維持できるのだ。
まずはこの原発ゼロ状態を秋まで引き延ばそう。そうすれば暑い夏も原発無しで過ごせることが証明できるのだ。
電気は足りると証明されれば、もう稼働に躍起となる連中の大きな口実がまず一つ無くなるのだから。

子どもの日の今日、東京は久しぶりの青空となった。子どもたちが思い切り日差しを浴び、すがすがしい空気を思いっきり吸い込み、
思う存分土や水と戯れることが出来る未来のために、今日を始まりの日にしなくてはいけない。

「こどもの日に考える 未来を築く人たちへ」東京新聞5月5日(土)
「泊停止・原発ゼロへ 私達の変わる日」東京新聞5月4日(金)


■続・何と言う無責任さ  4月10日(火)
何だ、何だ、この無責任な言葉は。
『「関西電力大飯3、4号機(福井県おおい町)の安全対策については「(再稼働の)基準とおおむね適合している」と判断』だそう。
「おおむね」って「大体」とか「まあまあ」とか言った意味ではないのか。チェルノブイリ以上の大災害になる一歩手前だったという
福島の事故。そんな事故を起こした原発ですよ。想定以上の津波で水を被ってしまったことが総ての原因だと言い逃れているが、
実際には地震で既に配管が壊れてしまったり、4号機の燃料タンクなどはもう落下寸前だったと言うではないですか。
地震に耐えられなかった配管や、水が一杯入ったタンクの重さを確実に支えられなかったこれまでの設計のまま再稼働を許すなんて
余りに無責任ではないですか。ましてやこんな大事な判断に『おおむね』なんていう軽い言葉を使ってしまう神経が信じられない。

或るラジオ放送局が行った原発再稼働に対するアンケート調査では、58%の人が再稼働に反対だったそうだ。賛成はわずか38%。
大多数の民意に反してまで再稼働急ぐ理由、そして周辺都市の住民への理解を得られないまま動かす理由がどこにあるのか。
「半径100キロ圏内の自治体と協定を結べ」という大阪府の主張に誠実に対応するべきだろう。実際は100キロどころか、200キロ
離れていても、いや海外までにも風向きによっては大きな被害をもたらすのだから、国民が納得しないまま動かすことは許されないだろう。
事業仕分けで大きなことを言っていた民主党の議員の皆さん、あなた方一人一人の正直な意見を聞きたい物です。
政権政党になったら地位の維持が先で、もう自分の正義なんてどうでもよくなってしまったのか?


何という無責任さ。   4月6日(金) 
何だ、何だ、この政府の危険きわまりない無責任さは。事故後の検証で明らかになった問題点の対策も取らず、いやそれよりも未だ
福島の原発は水漏れが続き、メルトダウンした燃料棒の行方さえ定かではないというのに、野田政権は原発再稼働への扉を開こうと
なりふり構わぬ暴挙に出た。ましてや最近の調査などに依ると、津波の高さは今までの常識を遙かに超えると予測され、東海、南海、千
葉沖などで予測される地震の確率も高まっていると言うのに、事故直後に取った応急措置で再稼働に問題なしととするとは。
「暫定」というのは仮のはなし、取り敢えずですよね。取り敢えず安全だから稼働しても良いなんて、事原発に関しては絶対あってはなら
ないことだ。だって以前は日本の原発は「絶対に」安全と言っていたではないですか。「絶対安全だから」と立地地域の住民を説得し、
事故の対策も疎かにしたまま稼働させてきた。今度は「取り敢えず」安全だから稼働させるのですか。
「もし事があったら誰が責任を取るのか」なんて悠長なことはもう言えないのです。誰も責任の取りようがない事態になる可能性がある
と言うことです。この事に関しては橋本さんの意見に全く同感です。
藤村官房長官など「地元の理解」は得る必要がないというようなことまで言っている。
この夏、動かさなくても電気が足りては困る連中がいるのだろう。それが立証されてしまっては原発を動かす大義名分が消えてしまう
からだ。立地県および周辺の県や都市は、絶対にこの暴挙を認めてはいけない。

東電の料金値上げに対抗して少しでも使用料減らそうと、サマータイムを始めた企業も多いようだ。或る企業は昨年実施したサマー
タイムで電力使用量が4割減だったそうだ。原発依存分は3割なのだから原発無しで充分賄えお釣りまで来る勘定だ。
社員も夕方の時間が有効に使えるとか、仕事の能率が上がったなどサマータイムの導入に好意的な声が多いらしい。
サマータイムを始め、冷暖房や昼夜を問わない過剰な照明などを抑え、今までの電気の使い方全般を見直し、日本中で生活の仕方
を変える絶好の機会ではないか。拙速な再稼働には絶対に反対だ。

    ―どうせ危ないんだ。目をつぶっちまえ。問題が解けないときは、やれる範囲で形を作るのが賢いやり方ってもんさ。
     手頃な対策を見つけて基準だと言えばいい。そう、現状追認ってやつ。うるさい連中には、理解頂けると信じる、とか言っとくのさ。
     動き出しさえすれば、そのうちみんな忘れる。大きな地震なんてめったに来ない。そのころ、あんたはもういないよ。
               (メフィストのささやき) 4月6日 朝日新聞夕刊・素粒子より転載。

メフィストのささやきにそそのかされないよう、いやメフィストは我々の心の中に住んでいる。



経済産業省原子力安全・保安院の動きを注視しよう。   3月20日(火)
 このところ原子力安全・保安院は核燃サイクル施設の事業にゴーサインを出したり、4月20日に運転開始から30年を迎える
東京電力福島第二原発1号機(福島県、110万キロワット)の今後10年間の運転管理方針を認める方針を示したりしている。
間もなく組織が消える経済産業省原子力安全・保安院がだ。何のための「駆け込み認可」か。

 保安院は2月にも、青森県にある日本原燃のウラン加工施設の遠心分離器の設置を認可したそうで、他にも各電力会社から出されている
ストレッチテストの報告書を安全性が認められ妥当とする見解が相次いでいる。
野田政権はこれを後ろ盾に一気に原発を再開させようとするだろうが断じて認めてはならない。

折しも関東は世界でも指折りの地震発生地帯だとの報道もあった。今や日本の太平洋沿岸は何時地震が起きても不思議ではないと
言われている。この様な状況下にありながら原発を再び動かし、また核燃サイクル事業にお墨付きを与えるとは以ての外。
彼らは自分自身の身の安全・保安を企んでいるとしか思えない。


話はそれるが、このところ東京新聞の原発関連の記事が精彩を欠いているように思えるのだが気のせいだろうか。
政財界からの圧力が増しているのではと勘ぐりたくなるのだが。

何故アメリカへの情報提供が先に?  2/12
東京電力が昨年4月下旬に発表した福島第1原発敷地内の放射線量マップ(サーベイマップ)は、公開の1カ月以上前に東電から
米原子力規制委員会(NRC)に提供されていたことが11日、分かった。東電によると、サーベイマップは更新して逐次送っていた。
経済産業省原子力安全・保安院には米側への提供の翌日になって報告を開始したという。
2月12日(日)東京新聞記事

なぜ経済産業省原子力安全・保安院には米側への提供の翌日になって報告を開始したそうだ。自国の政府よりもアメリカへの報告が先
というのは何故なのか、納得のいく説明が欲しい。福島では情報がなく逃げ遅れたり、逃げた先が高濃度の汚染地だったりして、多くの
子どもたちを含め取り返しのつかない被曝をした可能性があるというのに。
何故なのか、私の頭では東電の取った対応が全く判らない。アメリカに余程弱みを握られているのだろうか?
それとも自国の政府や安全保安院が余程信頼できないのか?理解できない・・・。


『東京都に「原発」都民民投票を働きかける署名」その3
大阪に引き続き東京も必要数を大きく上回りました。2月10日現在の集計で約28万筆。大阪でも無効になった署名がかなり出たので
まだまだ安心は出来ないけれど、選挙の関係で署名の締め切りがまだ先になった市〈八王子/府中/小金井/三宅島)もあるので
30万は超えるだろう。この地域にお住まいの方には是非署名して欲しい。
いま静岡県や新潟県などでも署名活動の動きがあり、全国に波及していくと良いのだが。
東京の署名数の推移は
その1下のアドレスで。

『東京都に「原発」都民民投票を働きかける署名」その2    1/30
東京は必要な署名数の7割にしか届いていないそうだ。大阪は一月で必要数を大きく超えたというのに。
原発事故後の影響が遙かに大きく、都内のあちらこちらにホットスポットがあり、また日々食品の汚染に神経をとがらせなければならない
というのに。何故署名に躊躇するだろうか?この署名は原発反対、推進に関係なくどうするかを自分達で決めようと言うことなのに。
お上任せにしてとんでも無い状況になってからああだこうだと言っても仕方がない。まずは自分たち一人一人の問題として考える事だ。
                1月30日東京新聞朝刊の記事


『東京都「原発」都民民投票を実現させよう』その1 1/21
―東京電力の「原発」の是非を決めるのは誰?―
原発に反対の人も賛成の人も、この国の頼りない政治家や、自分たちの金儲けしか頭にない電力会社、その電力会社から金を貰っている
御用学者達任せていていてはいけない。子や孫達子々孫々の未来が掛かっているのです、なんてちっとも大袈裟ではなく、これは万年単位
で禍根を残す原発のことなのですから。そのためにも我々が使っている電気を生み出す原発をどうするか、自分の頭で考えて決めよう、
と言うのが都民投票。その実現を働きかける(都に向けての直接請求)ための署名活動の締め切りが来月9日に迫っている。
投票を実現させるように働きかけるには都民22万筆の署名がいる。同時に始めた大阪は既に目標数を大きく超えた署名が集まったのだが、
東京は18日の時点でまだ10万に届かないようだ。まだ12万筆以上が必要。
東京都民の皆さん、ここは賛成反対を超えて投票実現に動きましょう。新宿や渋谷の街頭や、もしかしたら最寄り駅の駅頭でも署名活動を
しています。もし通り掛かりに見つけたら是非署名をして下さい。
またご自分が住む市区町村のお知り合いで署名活動をしている人がいるかも知れません。署名に関する詳細はこちらをクリックして下さい。

http://kokumintohyo.com/branch/archives/category/%e6%9d%b1%e4%ba%ac


「原発延命 人類縮命」  1/19

「そりゃもう人類の命なんて考える必要はない。ただただアメリカの言いなりになって原発も延命だ。」ですか細野さん。
ついこの間原発は40年で廃炉と言ったのは誰だったか。ほんの数週間で、それももアメリカの基準に当てはめての延命なんて
余りに無責任。そのアメリカの欠陥原発、老朽原発の事故だったのに。
60年持つなんて貴方は責任を持って保証できるのか?子や孫達、後世の人達の安全なんて何も考えていないとしか思えない。

電力会社はこのところやたらと電力不足を言い始め、使用料の値上げをちらつかせる。総てが原発再稼働に向けての布石なのだろう。
時間の経過と共に一般の意識にも危機感が薄れてきたように見える。

原発無しでの生活はそんなに大変なことではない。ほんの数十年の昔に戻ればいいだけ。しかも技術の進歩で電気器機の電力消費は
格段に押さえられるようになっている。そんなに心配する事じゃあない。冬なら暖房の温度設定をちょっと下げる、夏ならエアコンの温度
設定をちょっと高めに。明るすぎる照明をチェックしこまめに消す。必要のない電気製品は処分する。早寝早起き三文の得。
コンビニ、パチンコ屋、ショッピングモールなど営業時間を短くし、やはり明かりを少し抑えめに。
などなど、ほんのちょっと生活を変えることで電力消費はぐんと抑えられるはず。
湯水のように考えもなく浪費してきたエネルギーは、工夫次第でぐっと節約できるはずだ。
我が家も灯油温風ヒーターの設定温度を12度に下げただけで、灯油の消費がぐっと減りました。
この設定では寒いかなと思ったけれどこれで十分暖かい。しかも熱すぎて頭がぼーっとすることがない。外との温度差が少ないので
体の調整が楽。外出がおっくうにならない。いつになく寒い冬だけれど、今のところ良いことづくしの省エネの冬です。 
                     
東京新聞

「使用済み燃料の事」   12/27

溜まる一方の使用済み燃料。危険きわまりないその困ったゴミの、安全且つ永久的な処理方法、処理場所の見通しが全く立た
ないまま原発を開発し推進し、これだけ甚大且つ深刻な被害を引き起こしている今尚、新増設しようとする電力会社、其れを認める
自治体、推進派の政治家達よちょっと待て!!その前に為すべきことがあるだろう。

新増設すれば当然新たな使用済み燃料が出る。これは当たり前のこと。これは日本だけの問題ではなく世界中の原発保有国が
抱えている大問題だ。まずはこれ以上処理が出来ないゴミは出さない様にし、今既に満杯状態のゴミの処理方法を、全世界の
科学者が知恵を絞って解決する事に全精力を傾ける。其れが解決出来ないうちは、新たに新増設や再稼働は認めない、其れを
全世界で申し合わせるべきだ。

そして安全な封じ込め技術、永久的な保管場所が確保できるまでは、現在六ヶ所村や各原発に保管されている使用済み燃料を
電力の使用量に応じて各自治体が保管する。当然東京は一番多く引き取ることになる。
都民としてはそんなゴミは引き受けたくないところだが、自分が出したゴミを自分の責任で始末するのは当たり前のこと。
そんな事でもしないと電力消費地の大都会の人間達は真剣に原発の事を考えないだろう。
豊で快適な暮らしをしたい、でもその結果出るゴミは引き受けないでは余りに身勝手。

自由に電気が選べるように「発送電の分離」とこの「使用済み燃料/放射性廃棄物」の処理の問題になにより優先的に取り組む
ことを、政府や原発村の人々に要求する。


「福島原発、現場作業員の声」 東京新聞  12/17

 ― 「冷温停止状態」を通り越し「事故収束」にまで踏み込んだ首相発言に、福島第一原発の現場で働く作業員たちからは、
「言っている意味が理解できない」「ろくに建屋にも入れず、どう核燃料を取り出すかも分からないのに」などと、あきれと憤りの
入り交じった声が上がった。
 作業を終え、首相会見をテレビで見た男性作業員は「俺は日本語の意味がわからなくなったのか。
言っていることがわからない。毎日見ている原発の状態からみてあり得ない。これから何十年もかかるのに、何を焦って年内に
こだわったのか」とあきれ返った。

 汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は「本当かよ、と思った。収束のわけがない。今は大量の汚染水を生みだしながら、
核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定状態とは程遠い」と話した。

 ベテラン作業員も「どう理解していいのか分からない。収束作業はこれから。今も被ばくと闘いながら作業をしている」。
 原子炉が冷えたとはいえ、そのシステムは応急処置的なもの。このベテランは「また地震が起きたり、冷やせなくなったら終わり。
核燃料が取り出せる状況でもない。大量のゴミはどうするのか。状況を軽く見ているとしか思えない」と憤った。
別の作業員も「政府はウソばっかりだ。誰が核燃料を取り出しに行くのか。被害は甚大なのに、たいしたことないように言って、
本当の状況をなぜ言わないのか」と話した。

 
この彼らの言葉こそ今の福島原発の現状でしょう。政府の収束宣言は自分たちの都合に合わせた、全く現実を見ていない見解だとしか
言いようがない。それにしても東京の人達は他人事としか思っていない人が余りにも多い。
自分たちが使う訳ではない電気を生み出すための原発事故で、福島の人達が今どんな状況に置かれているか。
事故の収束作業で高度の被曝を受けながら必死の作業をしている人達の思いは如何ばかりか。
そして福島に限らず高濃度の汚染に曝された子どもたちの未来は。
今後何百年と続く使用済み燃料、汚染廃棄物などとの果てしない戦い。
この様なことの一つを考えただけでも、自分たちは無関係だなどと何故いえるのか!余りにも無責任です。
もし身内が福島にいたらとてもそんな発言は出てこないはず。
もっと想像力を働かせなければいけないのです。



■「首相、まさかの収束宣言」 
 12/16

福島原発は冷温停止し、事故自体は収束したのだそうな。未だ溶融し格納容器蘇そこからコンクリートの中に抜け落ちた燃料が
どこにあり、どのような状態であるかも特定できていないのに。相変わらず冷却水が漏れているというのに。その汚染された冷却水
の処理もままならないのに。そしていまもなお放射性物質は漏れ出ているにも拘わらず。
何故ヌケヌケとこの様な宣言が出来るのか、私には全く理解できない。

民主党の議員達は皆こんな宣言を認めたのか。一人一人の考えが知りたい。
東電と組んでしつらえた当初の収束計画を無理矢理正当化するためのごり押し以外の何物でもない。
こうして政府に対する疑念と失望はますます深くなっていくのだ。こんな奴らに日本の将来を託すなんて絶対に出来ない。
こんな奴らに原発政策を任せてなんておけない。我々国民が一人一人責任を持って考え、こんな勝手で無責任なことを
言わせないようにしよう。その為にもやはり国民投票です。

◆「首相、原発事故の収束を宣言 ステップ2終了を確認」
http://www.asahi.com/politics/update/1216/TKY201112160368.html 


■「脱原発への動きから」  12/10

 国内でも冷え込みが厳しくなるにつれ電力消費が増し、東電はそれとなく電力不足の危機を言い始め、同時に柏崎・刈羽原発の再稼働
を臭わせ始めた。歩調を合わせるかのように政府は海外への原発輸出を可能にする原子力協定を、6日の衆院本会議で可決するなど、
野田一味の動きはこのところ一気に脱・脱原発に走り出している。国内は危険だから原発を減らし、海外は金儲けになるから輸出を推進する。
何という矛盾した無責任きわまりない政策。

街や家庭での節電対策も、時が経つに従い次第にルーズになってきているように感じられる。
新宿の地下通路も明るくなり、繁華街はクリスマス・歳末に向けてイルミネーションでキラキラ輝かせ始めた。これで暖房をガンガン効かせる
ようになったら、電力不足になるのは当然。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ですか。こうして東電や政府に原発再開の口実を与えてはいけない。
皆がちょっと気をつけて節電をすれば、電気は原発無しでも十分足りていることはこの夏にはっきり証明されたではないか。
何せ我が家の電力消費量は前年比4割減なのです。それも無駄な電気を使わないようにちょっと気をつけただけで。

さあ、これで原発再稼働なんていう事態になればこれはもう国民の責任です。
もしまた事故が起きたら,その時は電力会社や原子力村の住民らと共に、再稼働を認めた国民一人一人の責任だという事になる。
どのような状態であっても大打撃を与える危険性と背中合わせの原発に頼るのはもう止めましょう。
「原発の安全神話」は完璧に崩れ去ったのです。一人一人が自分自身の問題としてしっかり考えて欲しい。
その為にも原発の是非を問う住民投票を実現させなくてはいけないでしょう。我が家も署名活動の受任者となることにしました。
皆さんもどうぞ街で署名の呼びかけを見たらお名前を書いて下さい。全原発の廃炉にむけてこれからが大事な時だと思います。

「原発の是非問う住民投票求め、署名集め開始 東京・大阪」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201112100136.html
◆「脱原発訴え市民ら集会 大江健三郎さんら呼びかけ」東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011121001001469.html?ref=rank      


「東電も、保安院も,朝日新聞も何を今更」 12/7

 今朝の朝日新聞朝刊では、8月に東京電力福島第一原発事故を受けて同社社員らに対して実施した聞き取り調査結果のメモを公表し、
原子炉格納容器内の気体を外に逃して圧力を下げるベント(排気)を実施する際、配管が地震で壊れていたために操作が難しくなった
可能性を指摘する社員がいたことがわかったと保安院が公表したという記事が。
しかもしかもヌケヌケと、実際のAO弁は放射線量が高い原子炉建屋地下にあり、確認できていないというではないか
其れで何で東電は年内に冷温停止状態に出来るなどといえるのか。

自身による配管の破損が爆発に至った大きな原因だと言うことは、当初から専門家や学者が指摘していたことであり、しかも8月に
実施した調査なのだから,保安院も新聞社も当然事実を把握していたはず。
其れを今頃になって何故、今改めて判ったようなことをいうのか。事実の隠蔽以外の何物でもない。
こういう事をしているからいずれも信用されなくなる、そんなことが何故判らないのか。
隠していること、まだ山ほどあるでしょう。我々はもう驚かないし、動揺もしないから気を遣わずにどんどん公表しましょう。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201112060661.html  


■「東電の解体、発送電の分離を求める」 12/4

 東電の傲慢さよ!このときに至ってもあくまでも責任回避を計り、事故の原因を津波の所為にして想定外だったから責任はないのだそうです。
経過の発表ではわざと曖昧な用語を使うことで実態を隠蔽しようと計る。
また「ゴルフ場に落ちた放射性物質は、既に土に浸透しているので東電の物ではないから勝手に処分しろ」だそうです。
とすれば「全国にばらまかれた放射性物質は既に土地に染みこみ、体内に入り込んでいるのであなた方の物です」という事なのだろうか。
許せますか、こんな言い分を。
これなら道路上に落ちた犬のうんちはその犬の物ではないし、ましてや飼い主の物ではない、と言って良いことになる。
何時までもこんな屁理屈をこく東電は解体するしかないだろう。

こんな東電からしか電気を買えないのは耐えられないことだ。
城南信用金庫は東電から電気を買うのを止めることにしたそうだ。当然ですよね。我が家もそうしたい。
多少高くても我慢するから東電以外の電気を使いたい。
ちなみに先月の我が家の電気使用量は前年比40%減、しっかり節電しています。悠に原発分はクリア。
これなら多少多くても大丈夫、一般家庭でも電気を選べるように速やかに発送電の分離を要求しよう。


■「暮らしかたを見直すこと」    11/21
あれから7ヶ月が過ぎたというのに収束への道筋が見えてこない。
福島原発では東電や原発メーカーの技術者や、下請け孫請けの作業員達の必死の復旧作業が続いているにも拘わらず、
汚染地域が広範囲に及んでいたこと、海洋汚染が深刻な状況であること、子どもたちに被曝に対する対策が軽んじられていることなどが、
日毎に明らかにされている。

この様な事態にあっても電力会社や政府、財界の一部などが原発の再稼働を画策したり、海外への輸出を推進しようと動いている。
また原発に対する国民の危機感にも個人差が広がっているように感じられる。
「過ぎ去ったことは忘れる」「水に流す」、これが日本人の特質であると亡くなった加藤周一さんの著書にある。
この国には、なにやら次第にこのような空気が蔓延し始めている様に思える。

豊かな暮らし、便利な暮らし、快適な暮らし、其れは誰しも願うところだけれど、「人の命」まで引き替えにして求める物なのか。
電気が足りないのではない、電気を使いすぎているのだと言うことを肝に銘じて欲しい。
今は1970年代の三倍の電力を消費していると言うことだ。
我々は日々の生活を送るために大量のエネルギーを必要としている。現在日本人は一人当たり1日12万キロカロリーのエネルギーを
使っているそうです。だが京都大学の小出さんによれば、人間が生きて行くためには、贅沢さえしなければ1日当たり6万キロカロリー
のエネルギーで十分に命を維持し、快適な生活が送れるのだそうです。
これは1970年台の消費レベルで、ここで言うエネルギーというのは電力だけの話ではなく、食べ物、移動、労働など生活に必要な
様々なエネルギーの総計です。
現在の日本人がいかにエネルギーを大量に消費しているかは、世界の平均が4~5万キロカロリーだと言うことからも明らかです。
しかも世界人口の4分の3に当たる人達は、未だにエネルギーを殆ど使えない生活を強いられていることに、我々は気づかなくてはいけない
でしょう。

その 1970年代にはおよその家電は揃っていました。しかも現在は省エネの技術が進み、家電等の電力消費もぐんと抑えられています。
電力不足を言い立てる電力会社の脅しに惑わされず、自らの生活を少し見直すだけで原発が無くても何ら問題なく生きていける。
私はあらためて原発の廃絶を求めます。

                                                     


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■関連サイトのご紹介 11月21日更新
■参考までに
■福島のこと  


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■使用済み核燃料、関連廃棄物とうの安全、且つ恒久的な処分方法が確立するまでは、
原発の再稼働、推進、海外への輸出等の議論は封印すべきだ。
ゴミ問題の解決方法が何ら見いだせない今、原発を維持、推進、輸出するなど以ての外だ。